阿霞

蒲松齢
田中貢太郎訳

阿霞書籍情報

底本:「聊斎志異」明徳出版社
   1997(平成9)年4月30日初版発行
底本の親本:「支那文学大観 第十二巻(聊斎志異)」支那文学大観刊行会
   1926(大正15)年3月発行
入力:門田裕志
校正:松永正敏

阿霞 9

蒲松齢
田中貢太郎訳

女は驢に鞭を加えて飛ぶように往った。景はそれを見て嘆き悲しむのみで如何ともすることができなかった。
 その年の試験に景は落第して、亜魁すなわち経魁五人に亜(つ)ぐの成績を得たのは果して王昌であった。鄭も及第した。景はそれがために軽薄だという名がひろまった。
 四十になっても景は細君がなかった。家はますます衰えて、いつも友達の家へいって食事をさしてもらっていた。ある時ふと鄭の家へいった。鄭は款待(かんたい)して泊っていかした。阿霞は客を窺(のぞ)いて景を見つけ、それを憐んで鄭に訊いた。
「お客さんは景慶雲ではありませんか。」
 鄭はそこで阿霞[#「阿霞」は底本では「阿震」]にどうして知っているかと訊いた。阿霞はいった。
「まだ、あなたの所へまいりません時に、あすこへ逃げ込んで、ひどくお世話になっております。あの人は行いは賎しいのですが、それでも先祖の徳がまだたえておりません。それにあなたとはお友達ですから、友達のよしみになんとかしてあげたらいいでしょう。」
 鄭はそれをもっともの事であるとして、景の着ている敗れた綿入をかえさし、数日間留(と)めてやった。それは夜半ごろであった。景が寝ようとしていると婢(じょちゅう)が来て二十余金を置いていった。その時阿霞は窓の外に立っていたが、
「それは、私の金ですから、昔お世話になったお礼にさしあげます。お帰りになったら、良い匹(つれあい)をお求めになるがよいでしょう。幸にあなたには先祖の徳が厚いのですから、まだ子孫に及ぼすことができます。どうかこれから、二度と節制を失わないようにして、晩年を送ってください。」